民放の役割

最近、地上波の民放をほとんど見なくなったと書きましたが、その後、やっぱり思うのは、
民放だからこそしっかりしてもらわなきゃいけないんじゃないの?ということです。

私だって、決して、見ないという行動はとりたくないんですけど・・・。
時間の無駄、見るに絶えない番組ばかり流している、となると、さすがに自分の時間を
これ以上無駄にしたくないという気持ちになって、見ないわけです。

よその国には国営放送というのがあって、政府が、「これは流されるとやばい」と
思うことは簡単にコントロールできてしまうのかもしれません。
となると、本当なら言うべきことも言えないはず。
日本国内にいても時々目にすることがありますね。そういうの。
見るたびに「見てる人はどれくらい信じてるんだろうか」と思いますよね。

民放ならば、企業からお金をもらっているわけで、それはそれで企業からの縛りは
あるとは思いますけど、そして国から免許をもらっている以上、制約はあるのかもしれませんけど、
国として流されて困ることを流そうが、文句は言えないはず。
(それが本当に必要な番組なら、視聴者が評価すべきです。)

だからこそ、自分たちがきちんとした知見をもって、「民」として発言をして
いくべきだと思うのですが、今こんなことになっちゃってるということは、
そういう気概のある人が、今の民放の放送に携わる人にはあんまりいないんでしょうか。

高給をもらってるから、感覚麻痺するんでしょうか。
彼らより安い給料で働いている社員のいる会社から高い広告料をもらって、
何の役にも立たない、ただ楽しいだけのまるで「麻薬」のような番組を作って、
それで自分たちの誇りは傷つかないんでしょうか。

「無料なんだから文句言うな!」なんて言っている人がいましたが、
企業からお金もらってる民放だからこそ文句を言うんですよ。
だって、その広告料、我々が稼いでるんですから。